B29に雨あられと爆弾を落とされたことのある人にとっては、もはや上から何か落ちてこようが驚くほどのことではなくなっていたのかもしれない。
それやこれやの中学時代だったが、もし私か、自分の商売の原点になった経験は何かと尋ねられれば、さっきも書いたように、この中学時代のさまざまなアルバイトが、まさしくそれであったと言うことができるだろう。
これらのバイトの中から、「商売を成功させるには、何よりも情報が大切である」とか、「他人より努力した人間が、結局は成功を収める」といった基礎的な知識を身につけていったのである。
学校では学べない、貴重な経験を積み重ねることのできた日だったと、今でも私は、当時に感謝したい気持ちを持っている。
真っ昼間からこれくらい働いているのだから、あたり前学校に行く暇などあるわけがない。
自慢するわけではないが、成績は長崎中学校でいちばんのペケだった(正確に言うと、健康上の理由からか、まったく学校に姿を見せない生徒もいたから、彼らに比べれば少しはマシだったのかもしれない。
ただ、一応だが通っている生徒の中では、私かダントツのビリだったのである)。
それくらいサボりまくっていたのだが、あるとき、私はそのサボりをうまく帳消しにする方法を発見したのだった。
その方法というのは、先生が持っている出席簿に、自分から手を入れてしまうのである。
-どういうことかというと日中学になれば、教科ごとに違う先生が教室に現われることは、みなさんもご存じだろう。
さて、授業が終わって先生が職員室にもどるとき日中には、持ってきた出席簿を机の上に忘れていく先生もいらっしゃる。
そこで私は、チャンス到来とばかりにその出席簿を手に取ると、自分の名前のところに印されている欠席のマークを、すべて消しゴムで消してしまうのである。
まだボールペンなどこの世に存在していないから、先生方が欠席マークを印すのは鉛筆以外にない。
貧しくて物不足の時代だったからこそできた究極の裏ワザだった。
もちろん、それですべての欠席がなかったことになるわけではないとしても、正確な欠席時間がわからなくなる以上、学校側もそれについてはうやむやにするしかなかったのだ。
そんなわけで、今になれば、ずいぶんひどいことをしていたものだとは思うが、ひとつだけ、私か長崎中学校に在籍していたときに、ちょっと自慢できるようなことがあったことを記しておこう。
3年生のとき、工作の時問につくった本箱が、なんと豊島区のコンテストで銅賞を獲得したということである。
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